訓読みが日本語をゆたかにしたのは事実だけど、反面、漢字の濫用で表記の複雑化や大和言葉の造語力低下をまねいたという事実もわすれてはならないとおもう。
論理やデータによる妥当性を確かめるという理性的行動よりも、自分にとって都合がよいか、自分の気分に合っているかという打算と好悪の感情が優先してしまい、ダメな議論を受け入れてしまうことがある。気をつけないと。
無条件でお金をもらえるとしたら、誰も働かなくなってしまうのでは → 働くことよりも怠惰を好む精神は、強制労働社会が生み出した「状態の病理」だとされる。で解決?
電車のなかで読み始めたが、しょっぱなから「あそこが痒いの話」でいろいろたえられん。まじめな顔をツクルのが大変だ。
「仕事はある程度は『私たちの生存に必要』であるが、『決して人生の目的の中には入らない』。にもかかわらず、仕事が人生の目的のように私たちが感じているとすれば、それは私たちが欺かれているからである。」
「いまや生きていること自体が労働だ」 → 「生きること自体が報酬の対象になる」
1990年代、フランスでは失業者たちによりベーシック・インカムを要求する声があがったのか。日本も頃合いでは?
トークだけでなく、文才もあったとは。一般的な作家レベルだと思う。恐れ入りました。
私たちは刑事施設(監獄)に厄介事をおしつけすぎているとおもう。
『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか』で言及
知的生産、知的消費、京大カード。京都学派についてちょっと調べてみたい
日本人なら必読の本。死刑を他人事でなく、この制度を備えた国に生きる当事者として考えてみるべき。
自覚してなかったが、やっぱり無料に弱い。ほかにもいろいろ思い当たるフシあり。
サクッと読み切りました。宗教も有益だということを再認識。
読みやすいし面白いけど、ルベーグ積分の説明だけは理解できなかった。高校でやったのと何が違うんだ。
こういう読み方もあるのか。自分が何も考えずに読んでいることを痛感・・・。